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新宿労基署長(大日本印刷)脳出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
新宿労基署長(大日本印刷)脳出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 昭和62年(行コ)第111号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 新宿労働基準監督署長(原判決時 飯田橋労働基準監督署長)
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年05月27日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
T(大正8年生)は、昭和43年1月D社に印刷工として採用され、定年後、昭和50年1月まで嘱託として従前通り印刷工の職務に従事し、その後ロッカー室の管理人として就労していた。

 Tは印刷工として稼働していた間、夜勤を含む交代制勤務に従事しており、ロッカー室の管理人になってからの勤務は、午前8時からの24時間勤務を2名の者が交替で1名ずつ隔日に行うものであった。昭和49年9月以降、企業爆破を警戒するようになり、昭和52年2月5日にはD社に爆破予告電話がかけられたことから、パトロールが強化され、ロッカー室の施錠の確認が厳重に行われるようになった。

 Tは、昭和51年12月頃から口数が少なくなり、昭和52年2月13日朝は食事もとらず出勤し、翌14日の午前5時頃洗面所で倒れていた。Tの心臓は動いていたものの、意識はなく、同日午前6時5分に死亡と診断された。

 Tの妻である控訴人(第1審原告)は、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付の支給を請求したところ、被控訴人は不支給決定処分(本件処分)をした。そこで控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、Tの業務と死亡との間に相当因果関係が認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して昭和53年10月20日付けでしたTの死亡について労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を支給しないとの処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、第2審を通じて、被控訴人の負担とする。
判決要旨
 Tは、昭和43年11月の健康診断において高血圧症との診断を受け、昭和48年2月以降の健康診断では要治療との判定を受け、その後肝不全及び糖尿病の診断も受けており、昭和51年12月頃からかなり顕著な健康状態ないし高血圧症の悪化の自覚症状及び他覚症状が出現するに至っていた。

 日本産業衛生学会交代勤務委員会は、高血圧症等で治療中の者やその再発のおそれのある者については、夜勤、交替制勤務に従事することを不適とする措置をとるべき旨の意見書を労働省に提出している。そうすると、特に高血圧症で治療を要するとの判定を受けた昭和48年2月以降のTを、深夜勤を含む交替制勤務の業務に就けていたことは大いに問題であって、その間におけるTの各業務の遂行が同人の高血圧症の増悪につき相当に重要な影響を及ぼしたであろうことは否定できないから、Tの各業務の遂行と同人の高血圧症の増悪との間には。相当因果関係が存在するということができるであろう。

 Tのロッカー室業務の内容を個別的に見る限りでは、いずれも肉体的及び精神的に、むしろ比較的に軽い労働であったというべきであろう。しかしながら、Tは午前8時から翌日午前8時までの24時間、仮眠約5時間を除いて業務を行うことを要求されたのであって、Tは死亡するまでの2年余の間、勤務明け日と年末年始を除き、原則として休日を取ることなく勤務を継続していたことなどを総合的に考慮すると、肉体的にも精神的にもそれほど軽い労働であったということはできず、むしろ高血圧症に罹患していたTにとっては、相当に重く、かなりの辛抱を要する長時間拘束労働であったというべきであって、同人の死亡前2年余の間の右業務の遂行が同人の特に高血圧の増悪に軽視できない影響を及ぼし、これが同人における橋脳出血発症の重要な原因となったであろうことは否定し難い。

 Tのロッカー室における休日なしの24時間隔日勤務は、労基法41条3号所定の「断続的労働」に該当すると解されるから、労働時間の制限及び休日の付与に関する規定の各適用除外が認められるためには、同法41条によりD社は労働基準監督署の許可を受けなければならなかったところ、D社はその許可を受けていなかったから、Tが従事していた勤務体制は同法に違反するものであった。そして、右のような24時間勤務体制は、人間固有の生理的リズムに反するものであって、少なくとも週に1回の休日を付与することは、その疲労回復のため必要不可欠であったというべきであるから、D社がTに週1回の休日を付与していなかったことは、同人の高血圧症の増悪に一層の影響を及ぼしたものと考えられる。

 昭和49年以来、企業爆破事件や爆弾をしかける旨の脅迫電話等の事件が相次いで発生し、昭和52年2月5日にはD社自体に対する爆破予告電話がかかるなどしたことから、Tらに対してもロッカーの施錠等に十分注意すべき指示があったこと、Tはその指示に応じてロッカー棟の周辺の見回りなどをしたことが認められ、これらの事実からすれば、右事件の発生やこれに基づく警戒態勢の実施が、Tらに対して少なからぬ精神的不安や緊張感を与えていたことは明らかである。加えて、昭和52年冬の寒気は特別に厳しく、同年1月中及び2月上旬の夜間の最低気温は氷点下になることが多かったこと、Tはその間の出勤日には毎夜ロッカー棟周辺の見回りをするとともに、仮眠室への往復のため、午前零時30分頃及び午前6時前頃に約300メートル離れたロッカー室と厚生会館との間を往復して、厳しい寒気に晒されていたことが認められる。健康状態の変調を来していたTにとって、特別警戒態勢による不安、緊張と厳しい寒気とは、同人の高血圧症の増悪に大きな影響を及ぼしていたものとみるのが相当である。

 当時Tには、高齢、飲酒、糖尿病、肥満等の高血圧症を増悪させ、橋脳出血発症の原因となり得る他の要因も存在したと認められる。D社はTが当時56歳の高齢であることを十分に承知しながら同人をロッカー室管理人業務に就かせたものであるから、本件の業務起因性の判断に当たっては、高齢を理由にこれを否定するのは相当でないというべきである。Tは酒好きではあったものの、特にロッカー室管理人になった後は飲酒する量及び回数をかなり減らしていたと認められるから、同人の飲酒習慣はその高血圧症の増悪にとり、それほど重要な原因とはなっていなかったものと解するのが相当である。喫煙についても、Tはタバコを吸ったが、その量は極めて少なかったというのであるから、これも同人の高血圧症の増悪にとって、それほど重要な原因とはなっていなかったというべきである。糖尿病及び肥満についても、高血圧症増悪の一つの要因となり得るが、Tの死亡の業務起因性の判断に当たっては、重視する必要はないというべきである。

以上検討したところを総合して判断すると、Tの死亡の直接の原因となった橋脳出血は、同人が従前より罹患していた高血圧症(これに付随する動脈硬化症を含む。)の増悪が最も重要な原因となって発症したものであるところ、同人における高血圧症の増悪は、同人が昭和43年1月にD社の従業員に採用されて以来従事してきた各業務の遂行、すなわち印刷工としての深夜勤を含む交替制勤務及びロッカー室管理人としての休日のない24時間隔日交替制勤務によって生じた同人の肉体的及び精神的疲労の蓄積、過労状態の進行に、昭和49年以来続発した企業爆破等の事件、特に昭和52年2月5日に発生したD社自体に対する爆破予告電話によって生じた同人の精神的不安、緊張感の高揚と、夜間における第1ロッカー棟周辺の見回り、仮眠のための厚生会館への往復等の際に晒された厳しい寒気の影響とが加わり、これらが相対的に有力な共働原因となってもたらされたものと解するのが相当である。しかも、Tが従事していた右各業務は、いずれも疲労の蓄積、過労状態の進行が生じやすく、労働者の健康状態を害する蓋然性の高い業務であって、高血圧症の患者等には就労の不適な業務であったところ、D社は、Tがその採用後間もなく高血圧症に罹患しており、特に昭和48年2月以降高血圧症で要治療との判定を受けていることを十分に知っていたにもかかわらず、右各業務に関する勤務体制の変更、勤務時間の短縮又は代替要員の増加等の同人の健康保持に必要な措置を全く講じることなく、その業務を継続させた結果、前記の原因で同人の死亡を招来するに至ったものといわざるを得ない。そうすると、TがD社の従業員として従事していた右各業務の遂行と同人の橋脳出血による死亡との間には相当因果関係が存在するというべきである。そして、Tの高血圧症の増悪に多少とも影響を及ぼしたと考えられるその他の各要因を考慮しても、右両者の間における相当因果関係の存在を否定することはできない。
 以上、Tの死亡には業務起因性が認められないとしてなされた本件処分は違法というべきであるから、その取消しを求める控訴人の本件請求は理由がある。
適用法規・条文
労働基準法41条、79条、80条、
労災保険法1条、2条の2、7条、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例595号67頁
その他特記事項