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F社うつ病事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
F社うつ病事件【うつ病・自殺】
事件番号
大阪地裁 − 平成16年(ワ)第11732号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年05月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 F社は富士通の関連会社で、ソフトウェアの開発・作成などを主たる業務としておいたが、平成16年10月1日に被告に吸収合併され商号が変更された。原告(昭和54年生)は、平成14年4月にFTSEに雇用され、平成16年4月4日までの間、製薬会社の治療報告書作成ソフトプログラムの開発プロジェクトに従事していた。

 原告は、本件ソフトウェア開発が開始された直後の平成14年10月から12月頃までの間は意欲的に業務に従事していたが、平成15年1月に本件ソフトウェアの開発が本格的に始まると、態度が消極的で作業の遅れが目立つようになり、1ヶ月に5回程度の頻度で無断で始業時刻に欠勤するようになった。そのような日は午前11時ないし正午頃出勤し、夜遅く、時には早朝近くまで勤務することも少なくなかった。これについて上司であるAは1日休んだ方が良い旨原告を指導したが、原告は交際相手の女性Eと昼食を取るのが楽しみだとして聞き入れなかった。

 その後も原告の作業の遅れは続いたことから人員補充がなされたが、原告の勤務態度は改善しなかった。F社では、1ヶ月当たりの時間外労働時間が40時間を超える者に対しては健康診断個人票の提出を求めていたところ、原告は平成14年7月から平成16年2月までの間に16ヶ月間にわたって同票の提出対象者になり、産業医による面接を14回受け、原告の本件発症前6ヶ月間の時間外労働時間は、1ヶ月当たり約105時間となっていた。平成16年3月15日、原告はEに対し、尿漏れ、手掌の発汗、不眠の症状を訴え、同年4月5日から病気を理由に欠勤を始め、同年10月以降は休職扱いとなった。

 同年6月、原告はF社では違法なサービス残業が行われているとして労働基準監督署長に対する申告を行い、残業代の支払いを受けたほか、過労により本件発症をしたとして労災申請を行い、平成18年3月に療養補償給付、同年4月に休業補償給付の各支給決定がなされた。また、被告は原告に対し、見舞金として合計97万5000円を支払った。
 原告は、過重な業務によりうつを発症し、F社には安全配慮義務違反があったとして、F社から権利義務を引き継いだ被告に対し、治療費74万7852円、休業損害1464万6720円、慰謝料700万円、このうち労災給付及び見舞金合計961万2002円を控除した額及び弁護士費用100万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金112万5000円及びこれに対する平成16年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを12分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、主文第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件発症の有無

 原告は、平成15年12月頃から、尿漏れ、手足の発汗、不眠などの症状を自覚するようになり、やる気がないことや業務上の過度の緊張は、興味や喜びの喪失や活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少に該当し、尿漏れ、手足の発汗、不眠などの身体症状は、精神的な症状を原因とする自律神経症状として説明することが可能であって、これらの症状は少なくとも数ヶ月にわたって継続していた。そうすると、原告の症状は、ICD10の重症うつ病エピソードに明確に該当するとまではいえないものの、少なくとも中等症うつ病エピソードの条件を充足しているということができる。なるほど、原告の勤務態度には、原告の社会的未成熟さや公私の別をわきまえない考え方がその背景となっていると窺える面があり、また原告の一連の行動には、意欲的、積極的な要素が認められ、興味の喪失、活動性の減少等に代表されるうつ病の状況とは必ずしも整合していない。

 しかしながら、原告はF社に勤務当初は、それなりに会社に適応し、仕事に対する意欲も示しているから、原告の素質が主たる原因となって原告の症状が発生したと考えることはできない。また、原告のブログ上の記載などを子細に検討すると、被告の指摘するような攻撃性や積極性を窺わせる場面も少なくないものの、他方、原告が将来に対する不安を訴えたり、気分の落込みがあることを表白し、あるいはこれらを窺わせる記載部分もある。そして、原告は診察の際には発症当初と同様の症状を訴え続けており、医師もこれに沿った診断をしていることが認められる。これらに照らせば、原告の上記の積極性は、うつ病において見られる精神状態の推移の一側面が反映されたもの、あるいは服薬の影響によるものとも考えられるから、この事情をもってしても、原告がうつ病に罹患しているとの認定を覆すには足りないから、原告は遅くとも平成16年3月16日までにうつ病を発症したものと認められる。

2 本件発症と本件業務との間の因果関係の有無

 F社は,平成15年以降、原告の作業が遅延しがちであったことから、生産計画をたびたび延長し、上司Aにおいて原告の業務を一部引き取り、補充要員に原告の担当業務を一部担当させるなど、原告の業務を軽減するための措置を採ってきており、これにより原告の業務負担は相当軽減されたものと考えられる。しかしながら、本件業務はコンピューターを用いたソフトウェア開発業務であるところ、原告は特に本件発症前6ヶ月間には障害に対する対応を始め、開発したソフトウェアを商品として売り出した後のメンテナンス作業を中心的に対応しており、これらの業務は一定程度集中力を持続させる必要があると認められるから、その業務内容が軽易なものであったとはいえない。

 また、原告の時間外労働時間は、本件発症前6ヶ月間のうち、4ヶ月前の期間及び年末年始の休みを含む3ヶ月前の期間を除いては、いずれも1ヶ月間当たり110時間を超えるものであったと認められる。もとより、本件業務の内容及び原告の勤務態度を考慮すれば、原告が一貫して密度の高い労働を継続してきたとまでは認められないものの、本件業務が一定程度の集中力を必要とするものであったことは明らかであるから、その限りで本件業務は原告に対して負荷を与えたものと認めることができる。

 なお、原告が午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見されるところ、このような勤務形態は労働時間は短くても正常な生活のリズムに支障を生じさせて疲労を増幅させることになると考えられる。そして、原告がF社の構内にいた時間が長時間にわたれば、その分自宅において睡眠ないし休養を取る時間が相当程度減少していたと考えられるから、心身の健康に何らかの悪影響を与える危険を内在していたものといえる。以上によれば、本件業務は過重なものであり、この状態が長期間にわたって継続していたということができるから、原告には恒常的に業務による強度の心理的負荷がかかっていたものというべきである。一方、業務以外の側面について原告に対して強度の心理的負荷がかかっていたと評価できるような事情は認められない。

 出退勤に関する指導・助言に対しても、Eと昼食を取ったり一緒に帰宅するために前記独自の勤務形態を改めることなく、原告自身の出席が不可欠である重要な会議を無断欠勤して職場を離脱していたことなどが認められるところ、原告のこれらの言動は、社会的未成熟さ、職場に対する配慮を欠いた身勝手な一面を窺わせるものであり、正当化されるものでないことは明らかである。しかしながら、原告がF社入社前に社会生活を営む上で適応に障害を来したと窺わせる事情は認められず、また原告の上記言動は入社後2年に満たない段階のものであるところ、原告は当時本件業務に適応するのに少なからず困難を来していたことが窺われ、社会に出て間もない者が社会的未成熟さに起因してこのような不適応の問題に直面することは決して珍しくないともいうことができる。そうすると、原告の個体的要因を過大に評価し、これが客観的に精神的疾患を生じさせるおそれがあると見ることは相当でない。

 以上によれば、原告は本件業務による強度の心理的負担を感じていたのに対し、本件業務以外に心理的負担を感じさせるような事情はなく、原告の個体的要因自体に精神疾患を生じさせるおそれがあるともいえないのであるから、本件発症は本件業務を主たる原因とするものというべきである。したがって、本件発症と本件業務との間には相当因果関係を認めることができる。

3 F社の安全配慮義務違反の有無

 F社は、原告との間の雇用契約上の信義則に基づき、使用者として、労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容として、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。

 なるほどF社は、1週間に1回本件開発プロジェクトの進捗会議を開催し、個別の面談を行うなどして、原告の作業の進捗状況を把握し、作業に遅れが出た場合にはAが原告の補助をし、業務を一部引き継いだり、補充要員を確保するなどして、原告の業務軽減につながる措置を一定程度講じたことが認められる。しかしながら、原告の時間外労働時間はなお1ヶ月当たり100時間を超えており、このような長時間労働はそれ自体労働者の心身の健康を害する危険が内在しているというべきである。そしてF社はこのような原告の長時間労働を認識していたのであるから、これを是正すべき義務を負っていたにもかかわらず、上記義務を怠り、原告の長時間労働を是正するために有効な措置を講じなかったものであり、その結果原告は本件業務を原因として本件発症に至ったものである。したがって、F社は原告に対する安全配慮義務に違反したものであるから、民法415条により、本件発症によって原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

 被告は、F社は原告の本件発症に関して予見可能性がなかったから、安全配慮義務を負わない旨主張するが、安全配慮義務が生じる前提としては、具体的は発症の経過に対する予見可能性まで要求されるものではないと解されるところ、原告の時間外労働時間は1ヶ月当たり100時間を超え、原告は約1年半の間、ほぼ毎月のように長時間労働者を対象とした健康診断個人票の提出を求められていたのであるから、F社において、本件業務が原告の心身の健康に影響を及ぼすおそれを認識することは可能であったというべきである。また、被告は、F社は安全配慮義務を履行している旨主張する。しかしながら、原告は、時間外労働時間が恒常的に1ヶ月当たり100時間を超える状態になっており、頻繁に健康診断個人票の提出を求められていたにもかかわらず、班長らの助言・指導に全く従わなかったのであるから、このような状況の下でF社が原告に対する安全配慮義務を履行するためには、単に原告に対して残業しないよう指導・助言するだけではもはや十分ではなく、端的にこれ以上の残業を禁止する旨を明示した強い指導・助言を行うべきであり、それでも原告が応じない場合、最終的には業務命令として、遅れて出社してきた原告の会社構内への入館を禁じ、あるいは一定の時間が経過した以降は帰宅すべき旨命令するなどの方法を選択することも念頭に置いて、原告が長時間労働をすることを防止する必要があったというべきである。したがって、F社が原告の長時間労働を防止するため必要な措置を講じたということはできない。

4 損害の発生及び損害額

 原告は、平成16年3月16日から平成19年2月28日までの間に診療費及び薬剤費として合計74万7852円を要したことが認められる。

 原告は、本件発症日前の6ヶ月間に給与として合計190万5974円を得ていたところ、原告の休業損害の算定に当たってはこれを基礎とし、1139万1010円となる。

 原告が本件発症日における診断以降、長期間にわたる通院治療等を余儀なくされたこと等本件に顕れた全ての事情を考慮すると、本件発症による慰謝料としては300万円を認めるのが相当である。

 原告は、定時に出勤せず、午前中の遅い時刻に出勤した際に、1日休養を取るように指導を受けたにもかかわらず、その指導を聞き入れなかったことが認められ、自らが選んだ勤務形態が生活のリズムを乱し、本件業務による疲労を一層増加させる一因となったことは明らかである。そうすると、原告の一連の勤務態度は、それ自体原告の過失とまで評価することはできないものの、他方で、このような勤務形態が寄与して生じた損害の全てを被告の負担とすることは公平を失するというべきである。そこで、被告の安全配慮義務違反の内容・程度、原告の勤務状況、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、民法418条の過失相殺の規定を類推適用して、本件発症によって生じた損害の3分の1を減額するのが相当である。以上によると、減額した後の残額は、治療費等が49万8568円、休業損害が759万4007円、慰謝料が200万円となる。
 原告は労災療養補償給付、労災休業補償給付及び被告からの見舞金の支給を受けているから、これらを控除すると、残額は102万5000円となり、弁護士費用は10万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条
収録文献(出典)
労働判例973号76頁
その他特記事項
本件は控訴された。

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