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医科大学研修医突然死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
医科大学研修医突然死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 − 平成14年(ネ)第955号
当事者
控訴人 学校法人
被控訴人 個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年07月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 K(昭和47年生)は、平成10年4月に医師国家試験に合格し、同年6月から医科大学附属病院(被告病院)耳鼻咽喉科の臨床研修医となった者である。

 Kは、平成10年5月6日から見学生として被告病院耳鼻咽喉科で研修を開始し、同年6月1日以降は研修医として研修を受け始めた。平日の研修時間は原則として午前7時30分から午後10時までの13時間と定められ、土曜日、日曜日も休めない状況にあった。月単位の研修時間は、6月は323時間、7月は356時間、夏期休暇のあった8月の15日間でも98.5時間であり、Kが死亡する直前1ヶ月間の研修時間は274.5時間となっていた。

 Kは、同年8月15日午後7時に看護婦らと4人で食事をしたが、その際飲酒はせず午後11時頃に自宅に戻り、翌16日午前0時頃突然死亡した。

 Kの両親である被控訴人(第1審原告)らは、Kが異常な長時間労働を強いられたことによる過労が原因で死亡したとして、Kの死亡と業務との間には相当因果関係があり、控訴人(第1審被告)には安全配慮義務違反があったとして、控訴人に対し、逸失利益1億2975万0867円、慰謝料2500万円、葬儀費用726万9325円、弁護士費用1000万円を請求した。
 第1審では、Kの死亡と業務との間には相当因果関係があり、被告には安全配慮義務違反があったとして、原告それぞれについて、逸失利益、慰謝料等合計6766万2426円の損害賠償を認めたことから、被告はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を次ぎのとおり変更する。

2 控訴人は、被控訴人Aに対し、4217万3179円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 控訴人は、被控訴人Bに対し、4217万3179円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被控訴人らのその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを3分し、その1を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
6 本判決主文第2項及び第3項は、仮に施行することができる。
判決要旨
当裁判所は、控訴人はKに対する安全配慮義務違反によりKの突然死に関して賠償責任があり、被控訴人らの請求は、控訴人に対し、各損害賠償金4217万3179円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成11年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があると判断する。

1 研修医の地位及びKの負担

 控訴人病院でのKら研修医の研修は、研修目的に由来する自発的な研鑽行為としての側面があったものの、控訴人病院の指揮命令のもとに各種医療行為に従事していたのであるから、研修医と控訴人病院との間に、労働契約関係と同様の指揮命令関係があったことは明らかである。したがって、控訴人は、研修医に対して、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して研修医の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたもので、教育的側面に関しても、控訴人は研修の実態を把握し、研修医が研修によって健康を害することがないように配慮する義務を負っていた。したがって、この安全配慮義務を怠ったことによって研修医が被った損害について、控訴人は賠償責任を負担する。

 Kの死亡前2ヶ月間余の研修業務は、担当業務の内容からは直ちに過重な業務とは認められないものの、研修医の置かれた状況、拘束時間の長さ等に加え、K自身の性格、気質、特性等から、Kにとって過重なものであったといわざるを得ない。したがって、Kは心身共に相当の負荷がかかった状態で研修業務に従事し、死亡直前には疲労困憊とまではいえないものの、かなりの過労状態にあったと認められる。

2 Kの研修業務と死亡との間の因果関係

 Kの突然死の原因となった心疾患は、冠れん縮性の急性心筋梗塞かブルガダ症候群の発症のいずれかであって、それ以外の疾患は考え難いが、ブルガダ症候群の診断は十分に可能であること、著しい過重労働に伴う疲労の蓄積とストレスにより、冠れん縮性の急性心筋梗塞が発症する可能性があるとされるが、Kが研修期間中に訴えていたとされる胸痛の内容・程度が急性心筋梗塞の前駆症状であったとは認め難いことから、Kの従事した研修業務によって冠れん縮性の急性心筋梗塞が発症し、これが原因でKが突然死したと是認し得るほどの高度の蓋然性は認め難い。これに加え、Kの死亡時刻(深夜帰宅後の安静時)や死亡時季(真夏)などに照らすと、Kの突然死の原因は、ブルガダ症候群の発症としての特発性心室細動であったとするのが経験則に合致するところである。

 Kの研修業務は著しく過重なものであったとはいえないものの、その拘束時間の長さ等からみて、肉体的・精神的負担が大きく、かなりの過労状態を招来するものであった。そうした過労状態が継続中の真夏の深夜、安静時にKのブルガダ症候群は発症したことになるところ、ブルガダ症候群による心室細動の発症は過労や精神的ストレスの重なった日の睡眠中や安静時に発症することが多いとの確たる医学的知見が存在する。これらの事情、知見などに照らすと、Kの研修業務が同人のブルガダ症候群の発症による突然死を招来したとの高度の蓋然性が認められる。以上、Kの研修業務と同人の突然死との間には因果関係があるというべきである。

3 安全配慮義務の有無

 控訴人病院での研修業務は、教育的側面においても控訴人の指揮監督の下になされるものであり、従属労働としての側面もあることは上記のとおりである。そして長時間に及ぶ研修の継続が過度に疲労を蓄積させ、研修医の心身の健康を損なうおそれがある程度のことは、医療法人である控訴人は十分認識できるところである。したがって、控訴人は、研修医が研修業務を遂行するに際して、健康面も含め、安全に研修業務が遂行できるように一定の配慮をすべき義務(安全配慮義務)を負っていたことは明らかである。

 Kの研修実態は、著しく過重なものであったとはいえないものの、研修時間が1ヶ月300時間を超えており、土曜、日曜も午前中とはいえ出勤が常態化しており、Kは医療現場における臨床経験がなかったので、採血、点滴等程度の医療行為であっても相当の緊張を強いられたと思われる。しかるに、控訴人は、研修医の健康保持に関しては専ら研修医自身の自己管理の問題であるとして、研修が不必要に長時間に及んでいるのに、研修医の健康管理に配慮することを全く講じなかったのに加え、研修開始後も健康診断を実施しなかった。そうすると、控訴人はKら研修医に対し、研修時間や研修の内容密度が適切であるように配慮するか、あるいは、それが難しければ研修医の健康管理に注意を払い、少なくとも定期的に大学入学時に実施したものと同程度の内容の健康診断を実施するなど、一定の措置を講じるべき義務を負っていたのに、この義務を怠ったことになる。

 以上のとおりであって、控訴人が上記安全配慮義務の履行を怠って、控訴人病院における研修実態を放置し、研修医に対する健康管理を実施しなかったことが、自然的経過を超えてKの素因としてのブルガダ症候群を急激に増悪させ、ブルガダ症候群の発症(特発性心室細動)によるKの突然死を招来したものということができ、本件において他にブルガダ症候群の増悪又は発症の原因となるべき格別の事情が認められない以上、控訴人の上記安全配慮義務違反とKの突然死との間には相当因果関係が認められる。そして、控訴人がKに対する安全配慮義務を履行しておれば、Kはなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるから、控訴人は、上記安全配慮義務違反により発生した損害について民法415条に基づき損害賠償責任を負うものである。

4 損 害

 研修医が平成12年に研修を終了すれば、その時以降(27歳から67歳までの40年間)を通じて、平成13年版賃金センサス男性医師の平均年間給与額である1213万1300円の収入を得られる蓋然性があり、これを現価に引き直すと、その額は9912万4852円となる。

 Kは、研修開始以前からブルガダ症候群という疾患を素因として有しており、これに研修の過重性とKの性格等の心因的要素が加わることによって、特発性心室細動発作が発症し、突然死の結果が生じたと推認されるところ、この突然死における上記素因たる疾患の持つ意味は小さくない。そうすると、上記算出の死亡逸失利益の全額を控訴人の安全配慮義務違反に伴う損害として控訴人に賠償させるのは公平を失するところで、民法418条の規定を類推適用し、Kの上記疾患を減額事由として斟酌するのが相当である。Kの発症の危険性、この素因があることによって医師として活動するについて配慮をせざるを得ないこと等の事情を斟酌すると、上記算定額の1割5分を減額した額とするのが相当である。

 Kは少年の頃から医師になることを目指していたことが認められ、夢がかなって医師国家試験に合格した直後の臨床医研修において死亡したKの無念は大きいと認められること、その他一切の事情とりわけ上記研修業務の性質、内容・程度等を斟酌すると、死亡慰謝料は2000万円が相当である。また、葬儀費用は120万円に限り控訴人の安全配慮義務違反と相当因果関係にある損害と認める。

 Kは医師免許を取得していたのであるから、日常生活において可能な限り自らの健康保持に努めるべき義務を負っていたといわざるを得ない。Kは研修後1ヶ月も経過しない頃から、何らかの疾患を疑わせるような胸痛を覚え、そのことを同僚や両親に告白していたことからすると、Kは自らの健康に異変が生じていたことを認識していたことになる。そうすると、Kは自己の健康状態を把握すべく、とりあえず健康診断を受診するなど然るべき措置を講じるべきであり、受診していたならば、上記日時におけるブルガダ症候群の発症を回避することができた可能性があったといわざるを得ない。上記の次第で、Kの突然死は控訴人が研修医の安全配慮を怠ったことに起因するものではあるが、Kにも自らの健康管理面に配慮を欠いた面があったといわざるを得ないから、双方の事情を総合勘案すると、過失割合は控訴人が8割、Kが2割と認めるのが相当である。

 被控訴人らは労災保険法による保険給付として、葬祭料50万0540円、遺族補償一時金・遺族特別支給金合計951万8000円を受領しているが、そのうち遺族特別支給金300万円は、被災労働者の損害を填補するものではないから、これを上記過失相殺後の損害額から控除することはできない。そうすると、控訴人は特別支給金300万円を除いた701万8540円の限度で損害賠償の責を免れるものというべきである。
 弁護士費用は、被控訴人各自について350万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条
収録文献(出典)
労働判例879号22頁
その他特記事項
本件は遺族共済年金請求事件、未払賃金請求事件としても争われた。

●遺族共済年金請求事件●
第1審 大阪地裁堺支部 2001年8月29日判決
第2審 大阪高裁 2002年5月10日判決

●未払賃金請求事件●
第1審 大阪地裁堺支部 2001年8月29日判決
第2審 大阪高裁 2002年5月9日判決