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国立大学夫婦別姓通称使用事件

事件の分類
その他
事件名
国立大学夫婦別姓通称使用事件
事件番号
東京地裁 - 昭和63年(ワ)第16648号
当事者
原告個人1名

被告個人3名A、B、C、国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年11月19日
判決決定区分
一部却下・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和57年に国立J大学情報学部助教授に就任し、昭和60年4月から同学部教授に昇任した国家公務員の女性である。原告は昭和41年8月に婚姻届を提出して戸籍名は「渡邉禮子」になったが、従来から「関口礼子」として研究活動を行ってきたことから、婚姻後も、日常生活、研究活動、論文発表等において、「関口礼子」と表示してきた。一方被告AはJ大学の学長、被告Bは同事務局長、被告Cは同事務局庶務課長である。

 原告はJ大学助教授に就任するに際し、同大学学長に対し、研究教育活動において自己の名を「関口礼子」と表示する旨申し入れ、その後も再三この要望を申し入れてきたが、J大は、公権力に関わる書類、国家公務員としての権利義務に関わる書類等戸籍名で表示すべき文書とそうでない文書とを振り分ける基準を定めた本件取扱文書を作成し、大学内に周知徹底させた。そして原告の氏名は、人事記録等氏名を1つに特定する必要があるものについては戸籍名で表示することとされ、大学内部に留まるもの又は対外的に影響が少ないものについては戸籍名に括弧書で「関口礼子」を加えて表示することが許されるとされ、研究活動及びそれに伴う研究成果の公表物については「関口礼子」と表示することが許されることとされた。

 これに対し原告は、(1)大学主催の公開講座のポスターに印刷される講師名につき、括弧書で戸籍名を入れたこと、(2)大学が文部省に登録する補助金研究者番号登録上の氏名につき、戸籍名の表示を命じられ、同研究申請を控えることを余儀なくされたこと、(3)科学研究費補助金による研究成果報告書につき、表紙に括弧書で戸籍名を入れたこと、(4)筑波学園都市研究便覧作成のために提出する情報について、戸籍名で表示した原稿を送付する等したこと、(5)通称で表示した研究討論会ポスターを掲示させなかったこと、(6)科学研究費補助金研究者に関するデータベース作成のために提出する情報について、戸籍名で表示したこと、(7)科学研究費研究分担者承諾書の氏名について、括弧書で戸籍名を入れたことから原告の同一性について混乱がもたらされたこと、(8)大学付属図書館報掲載エッセイの著作者名について肩書が外されたこと、(9)昭和63年度学術研究活動に関する調査票につき通称を使用したところ、受領を拒否したこと、(10)文部省在外研究者候補者としての応募書類に通称を使用したところ、これを返却したこと、(11)大学の雑誌に括弧書で戸籍名を入れることを強要したこと、(12)物品等注文書、旅行命令依頼表等について、通称を使用したものについて支払いがされず、立替払いを余儀なくされたこと等を主張した。
 更に原告は、その教育活動に対して、(1)学生に配布する時間割、学生マニュアル、(2)クラス別学生名簿、掲示板のクラス担任名、(3)大学案内、(4)非常勤講師の委嘱に関する回答書等について、原告の戸籍名で表示している外、(5)卒業研究抄録集の指導教官名について戸籍名に直して印刷し、指定図書に通称の表示が隠れる位置に戸籍名のラベルを貼付するなど、被告らは原告の戸籍名を使用し、又はその使用を強制したほか、被告Aは昭和63年2月、原告に対し「離婚して戸籍抄本を持ってきてくれないか」と、離婚を強要し、氏名権か婚姻の自由かの厳しい二者択一を迫ったと主張した。その上で原告は、被告らのこうした行為は、氏名保持権(人格権-憲法13条)、プライバシー権(幸福追求権-同13条)、表現の自由(同21条)、学問の自由(同23条)、著作者氏名表示権、世界人権宣言12条、国際人権規約B規約1条に違反するものであるとして、氏名保持権に基づき戸籍名使用の差止めと通称の使用を請求するとともに、被告らに対し慰謝料1000万円、弁護士費用110万円、物品購入の立替金77万円など合計1330万30円の損害賠償を支払うよう請求した。
主文
1 被告国に対する請求の趣旨第1ないし第3項の訴えをいずれも却下する。

2 被告らに対する請求の趣旨第4項の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 原告は、J大学に国家公務員として任用されたものであって、J大学との間で公法上の任用関係に立つものであり、被告Aは学長として、同大学に任用されている職員の勤務条件を定め、人事権を発動することができるものというべきである。そして勤務条件とは、公務員がその労務を提供するに際しての諸条件のほか、労務の提供に関連した待遇の一切を含むものと解するのが相当であるから、公務員の同一性を把握する方法としての氏名の表示方法についても勤務条件の一つに該当するものというべきである。少なくとも原告は、J大学においては勤務・施設の利用等につき特別な命令権に服する関係にあるが、被告Aらがなした大学の一定の措置が、一般の市民法秩序と直接関係を有する場合にはその限りにおいて司法審査の対象となるものであり、権限の行使といえども、裁量権の範囲を逸脱し、またはその濫用があった場合には、違法をもたらすと解するのが相当である。

 

 定員120万人を擁する国家公務員の任用関係においては、いかなる人を採用し、採用後いかに処遇するかに加えて、現実に公務遂行の外観を呈する行為を行っている者が、真実、国家公務員として任用されたものであり、かつ、当該公務を担当すべき地位、権限を有しているかを適正、確実、迅速に解決するためには、公務員の同一性を把握することが必要不可欠である。しかして我が国においては、唯一の身分関係の公証制度として戸籍法に基づく戸籍が精緻に編纂されており、法律上保護されるべき重要な社会的基礎を構成する夫婦が同じ姓を称することは、主観的には夫婦の一体性を高める場合があることは否定できず、また客観的には利害関係を有する第三者に対し夫婦である事実を示すことを容易にするものといえるから、夫婦同氏を定める民法750条は合理性を有し、何ら憲法に違反するものではない。したがって、個人の同一性を識別する機能において戸籍名より優れたものは存在しないというべきであるから、公務員の同一性を把握する方法としてその氏名を戸籍名で取り扱うことは極めて合理的なことというべきである。そうであれば、本件取扱文書に定める基準は公務員の同一性を把握するという目的に配慮しながらも、他方、研究、教育活動において原告が以前から使用してきた氏名である「関口礼子」を表示することができるようにも配慮されたものであり、その目的及び手段として合理性が認められ、何ら違法なものではないというべきである。

 なるほど通称名であっても、個人がそれを一定期間専用し続けることによって当該個人を他人から識別し特定する機能を有するようになれば、人が個人として尊重される基礎となる法的保護の対象たる名称として、その個人の人格の象徴ともなり得る可能性を有する。しかしながら、公務員の服務及び勤務関係において、婚姻届出に伴う変動前の氏名が通称名として戸籍名のように個人の名称として長期間にわたり国民生活における基本的なものとして根付いているものとは認めることができず、また、右通称名を専用することは未だ普遍的とはいえず、個人の人格的生存に不可欠なものということはできないというべきである。したがって、立法論としてはともかく、原告主張に係る氏名保持権が憲法13条によって保障されているものとは断定することはできないから、被告Aらの所為が同法条に違反するものと認めることはできない。なお原告は、氏名を通称名で表示することは個人的な事柄であるから、自己決定権によっても氏名保持権は保障されているとも主張するが、氏名は社会において個人を他人から識別し特定する機能をその本質的な機能とするものであり、社会との係わり合いにおいて、その存在意義を有するものであって、公法上の勤務関係における氏名は極めて社会的な事柄というべきであるから、原告の主張は採用できない。

 原告は、授業あるいは講義は著作権法上の著作物に該当するから、著作者には氏名表示権が保障されているところ、授業時間割及び学生マニュアルに表示される講師名についても講師自身が決定することが保障されていると解すべきであるから、これらを戸籍名で表示した学務課の所為は著作権法に違反すると主張する。しかし、授業時間割及び学生マニュアル自体は、授業の内容及びその担当者を学生に知らしめるために作成する書類に過ぎず、授業についての著作者名を表示するものではないから、その性質上、講師自身がこれらに表示される講師名を決定することが保障されているものと解し得ないものというべきであり、原告の主張は採用できない。

 原告主張に係る一連の侵害事実については、いずれも被告国の権限行使として合理的な範囲を逸脱したり、その濫用があったものとは認定できないことが明らかであり、したがって原告の被告国に対する本件差止請求については、事柄の性質上司法審査の及ばないものであるから、その余の点について論じるまでもなく、いずれも不適法として却下を免れない。また原告の被告国に対する本件損害賠償についても、原告主張に係る一連の侵害事実がいずれも憲法に違反したり、著作権法に違反するものではない上、世界人権宣言及び国際人権規約B規約に違反するものではなく、国家賠償法の適用上違法と認めることもできないから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。しかも被告Aらは、いずれも国家公務員としてその職務を行ったに過ぎず、仮に被告国が国家賠償責任を負う場合であったとしても、公務員個人として原告に対し、民法上不法行為に基づく損害賠償責任を負うべきものではないから、原告の被告Aらに対する本件損害賠償請求は理由がないといわなければならない。
適用法規・条文
02:民法 750 条、
収録文献(出典)
判例時報1486号21頁
その他特記事項
本件は控訴された。

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