判例データベース

熊本バドミントン協会事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
熊本バドミントン協会事件
事件番号
熊本地裁 − 平成8年(ワ)第1178号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年06月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、高校卒業後の平成元年4月、T電気に入社し、バドミントン部に所属していた女性であり、被告は、昭和58年5月から市議会議員、平成7年4月から県議会議員を務めるほか、県バドミントン協会副会長、市バドミントン協会会長の職にあった男性である。

 平成5年9月、原告は被告に食事を誘われ、2人で食事をしたが、飲酒した後被告の車に同乗したところ、ホテルに連れていかれ、「そういうつもりじゃありません。」と言ったが部屋に連れ込まれ、ベッドの上に押し倒され、性関係を強いられた。その後被告は泣いている原告に対し、「前からお前のことが好きだったんだ。俺の気持ちをわかってくれ。真剣に付き合いたいと思っている。」などと言い、原告が部屋を出ようとしたとき、後から両腕で原告の体を包み込み、「俺は真剣なんだ。大事にするから。」と言った。

 その数日後、原告は被告に会いたいと言われ、被告の真意を確かめたい気持ちもあり会ったところ、被告から「離婚して妻も子供もいない。」「結婚を前提に付き合いたい。」と言われ、これらの言葉を信じることによって惨めな気持ちが少しでも救われるような感じになり、また、被告の要求を拒めば自分のバドミントン選手としての将来が閉ざされるおそれがあると思い、やむなく被告との性関係を続けた。

 ところが、原告が平成5年11月頃、「今度夕食でも作りに行きましょうか。」と聞いた際、被告から離婚の話を進めているから待ってくれ、と言われ、その一方で被告に対する恐怖心も続いていたため、被告との性関係を続けたが、平成6年春頃、被告から離婚はできないと言われ、騙されたことが分かった。原告は、被告に強姦された後、恋人と別れ、被告を許せないという気持ちと、自分も悪いと思う惨めな気持ちから、精神的にも肉体的にも疲れ果て、平成6年12月にバドミントン部を辞めるに至った。

 原告から被告との性関係を聞いたバドミントン部の監督は、被告に会って強姦の事実を確認し、謝罪と見舞金を要求したところ、被告は当初待って欲しいと言いながら、その後原告とは大人の恋愛であり謝ることは何もないといい始め、原告に事務所のガラス窓と自動車を壊されたとして原告を告訴するなどしたため、原告は被告の脅しや嫌がらせがT電気やバドミントン部に及ぶことを憂慮し、平成8年3月限りで退職した。その後原告は、被告による強姦とその後の性関係の強要により精神的苦痛を受けたとして、被告に対し500万円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成8年9月29日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は、原告が強姦という衝撃的な事件の日にちを特定できないのは不自然であること、原告はバドミントンの練習を休んだことはなく、その様子に変わった点がなかったこと、被告に強姦されたと主張しながら、その数日後には特に脅迫されたわけでもないのに2人だけで会っており、その後も性関係を継続していることから、たとえ当初は強引な性関係であっても、これを宥恕し、ある程度まで甘受したものと評価できるとし、最初に強姦されたとする日から3年を経て本件訴えを提起していることからすると、強姦の事実はなく、被告と別れるに至ったことを逆恨みしたとしか考えられないと主張する。

 強姦の被害者は、一般に、神経の高ぶった状態が続き、被害当時の記憶が無意識のうちに生々しく再生され、被害を思い出さないように感情が麻痺して現実感覚を喪失する外、自責の念を募らせ、自己評価を低下させる傾向があること、原告も強姦のショックのための心因性の健忘により記憶が断片的になっているので、被害の日にちを特定できないと考えられ、このような状態は強姦の被害者としては通例であること、また原告は、被害の翌日から外見的には被害を受ける前と同様の日常生活を送っていたのであるが、これは被害の事実と直面するのを避け、ショックを和らげるための防御反応であり、強姦の被害者に共通して見られるものであること、原告は、少しでも被告が原告に愛情があって強姦したのであれば、単なる暴力的な性の捌け口として強姦された場合よりは救いがあると考え、被告の言葉を信じようとし、被告との性関係を継続したに過ぎないこと、更に性的な被害者は、恥ずかしさに加え、合意の上ではないか、落ち度があったのではないかと疑われることで、かえって自分自身が傷つくことを恐れ、自分が被害者であると認めたくないとの思いもあって、警察への届出をためらうことが多く、実際警察への届出率は低いこと、原告は、周囲の人に話せば、原告にも落ち度があったと非難されたり、傷物として見られることが怖かったし、被告の社会的地位から見て、被告との関係を公にすると、選手生命を奪われるかも知れないとの恐怖心があったため、被告との関係を誰にも口外しなかったこと、また原告は、必死に忘れようとしたが、いくら時間が経過しても忘れられず、原告を支えてくれる人々から強姦されたことは決して恥ずかしいことではないし、原告が悪かったのではないと励まされた事実を認めることができる。そこで、これらの事実をもとに判断すると、原告の言動には格別不自然、不合理な点はなく、むしろ性的な被害者の言動として十分了解が可能であり、自然なものであるということができるので、被告が指摘するような原告の言動をもって原告が被告との性関係に合意していたということはできない。

 アメリカでは、ベトナム戦争帰還兵の心理的な障害や性暴力被害者の心理的な後遺症に関する研究が行われ、1980年には、アメリカ精神医学会の診断マニュアル第3版にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が障害名として記載され、1994年に発表された同第4版では、その症状として、外傷的な出来事の再体験、外傷と関連したことの回避や感情の麻痺、持続的な覚醒亢進症状が挙げられていること、また、アメリカの心理学者オクバーグは、強姦等の犯罪被害者については、通常のPTSDの症状に加え、自分が恥ずかしいと感じる、自責の念が生じる、無力感や卑小感が生じて自己評価が低下する、加害者に病的な憎悪を向ける、逆に加害者に愛情や感謝の念を抱く、自分が汚れてしまった感じを持つなどの症状があることを指摘していること、わが国においても、特に阪神・淡路大震災の後、PTSDに対する関心が高まり、大規模な自然災害の外、強姦等の犯罪被害その他の個人の対処能力を超えるような大きな打撃を受け、トラウマ体験をしたとき、これによって引き起こされる様々な反応やこれに対する援助の問題が取り上げられ、注目されるようになったことなどの事実を認めることができ、これらの事実にかんがみると、被告の主張は採用できないというべきである。

 被告は、平成5年9月当時、市議会議員であり、県と市のバドミントン協会の役員の地位にあったが、同月21日から23日頃までの間、原告を食事に誘った上、原告の被告に対する信頼を裏切り、無理矢理ホテルに連れ込み、原告の意に反して性行為に及んだのであって、この被告の行為は、刑法上の強姦又はこれに準ずる行為というべきものである。また被告は、その後も平成6年春頃までの間、原告との性関係を継続したのであり、この関係は、被告が意識するとしないとに関わらず、原告に対し、結婚したいなどと甘言を弄し、あるいは自らの社会的地位と影響力を背景とし、原告の意向に逆らえば選手生命を断たれるかもしれないと思わせる関係の中において、形成され維持されたものであるから、結局、原告は、被告から強姦又はこれに準じる行為によって辱められた上、その後も継続的に性関係を強要されたのであり、被告によって性的な自由を奪われたということができ、しかも、これが原因で恋人と別れた上、バドミントン部を辞め、会社も退職するに至ったのであり、多大の精神的苦痛を被ったといわなければならない。
 更に、被告は、原告の意に反して性関係を強要したことはなく、原告が積極的に被告を誘い、被告に妻子があることを知りながら、合意の上で被告との性関係を継続したのであるから、原告から強姦したなどと言われる筋合いはなく、原告によるいわれのない攻撃によって、被告の社会的地位や名誉が著しく毀損され、家族にまで犠牲が出ているのであった、本件訴えは、被告に対する恐喝と評することができるものであり、原告が被告と別れたことを逆恨みしたとしか考えられない旨供述しており、その供述内容にかんがみると、被告は、原告に性関係の強要を続けたことの自覚がなく、これに対する反省の情が窺われないといわざるを得ない。以上の諸点を勘案すると、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては、300万円が相当であるといわなければならない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例時報1638号135頁
その他特記事項
本件は控訴された。

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