性労働の歴史

働く女性の歩み

「明るい社会はほんとうの男女平等から 労働省婦人少年局(婦人週間)」1950年 壁新聞

戦後、労働省婦人少年局が発足した当初には、壁新聞も多く作られています。
まだ復興期で物資不足だったことも背景にあるのかもしれませんが、多くの労働者に周知をするには、ポスターや壁新聞を職場などに掲示する方法が効果的だったのでしょう。
資料の左上が半円に破損していますが、その下の方に、小さく「週間がすんだら切り取ってください」と印刷がしてあります。
婦人週間(4月10日~16日)の告知として使用した後も使えるようにという工夫です。

1950(昭和25)年は、日本国憲法の施行から3年ほど経過していますが、まだまだ男女平等全般について国民が認知していなかったのだろうと思われます。
そのため「教育」「政治」「家庭」「職業」と4つの分野ごとに、絵を交えて男女平等について伝えています。

とくに「職業」については、上段<あなたのまわりでこんなことをみうけませんか?>では、「小さくなってる職場の婦人 いつまでたつても責任ある仕事につけない」と、お茶くみをしている女性が描かれ、中段<法律では婦人も男子と同じです>では、「職業 あらゆる職業に婦人もつける 同一労働、同一賃金」という文章が入り、女性の「医師、弁護士、科学者、公務員、労働者」の絵が描かれています。「同一労働同一賃金」という言葉がこの時代から使用されていたのも驚きです。

さらに下段では、「家庭から職場から封建制をなくしましょう!」「わたくしたちの権利と義務を知りましよう!」という、この年の婦人週間のテーマが表示されています。「男尊女卑」を赤鬼で表現しているのも面白いですね。

なお、同一労働同一賃金については、1948年に「男女同一労働同一賃金になれば」というポスターも制作されています。

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